私が死んだら、部屋にある映画のDVDを棺に入れてください。

「お、まともな遺書っぽい」
「DVDって焼いていいんだっけ。有毒ガス出そう。ダイオキシン的なやつ」
「あー……まあ大丈夫なんじゃないかな」
「傑も結構いい加減だよな、そのへん。部屋のDVD全部入れていい? 死体の上に積んでやるよ」
「夏油、そんなにDVD持ってるの」
「部屋にはそんなに置いてないよ。だいたい借りてきてるし」
「毎週毎週よくやるよね。ここからレンタル屋、そこそこ距離あるでしょ」
「まあ、だいたいいつも途中から走るから」
「なんで?」
「どっちが早いかなって」
「小学生かよ。馬鹿なの?」

               *

 住民が漏らした話と補助監督の収集した情報を総合すると、以下の通りだ。
 この地域では年に一度、〝お社様〟に奉納の舞と捧げ物をするという。昼過ぎから神輿で町を練り歩き、夕方、到着した神社で舞を舞う。祭りの進行は三つの家で持ち回りで担当する。舞を舞うのはその家の娘。化け物を退治し、右目に怪我を負った〝お社様〟は疲れて眠りについた。その〝お社様〟を慰撫し、来年も豊穣をもたらしてくれることを祈る。
 呪霊によって殺されたとおぼしき二人は、この集落で生まれ育った兄妹だった。事故として処理されたが、一部では祟りと噂されているらしい。
 呪霊の残穢は、山を下りた時点で霧散してしまった。五条の六眼にも追えなかった。であれば、条件が揃うまで呪霊は自分の縄張りに引きこもっていると見るべきだろう。縄張りの中であれば六眼からも隠れ潜むことができるタイプかもしれない。
「問題は、今年の担当の家だな」
「三(み)藤(ふじ)家が担当しているそうです。そこで死人が出てるっていうのは縁起でもないですね」
 長久保が沈痛な面持ちで言った。
 事の発端である、呪霊による殺人の被害者は、まさしくこの祭りの進行を担当する家の人間だった。
「偶然にしてはできすぎてる。この祭りに何かあるんじゃないのか」
 夏油が言うのに、五条も首肯する。
「祭り自体が呪霊を生み出していると考えるのが筋だな。呪霊って、その化け物のことじゃない?」
 珍しいことではない。信仰心も感情のひとつだ。同じ感情を向けられる対象が呪霊を生むことはある。今回で言えば、化け物という格好の対象が存在している。
「祭りはいつ?」
 五条が尋ねるのに、長久保が手帳をめくった。
「明後日ですね」
「近いな」
「被害者が出たのも先週か……」
「呪霊は祭りで出てくるつもりでしょうか」
「その可能性は高いね。明後日まで待ってもいいけど、それだともっと死ぬんじゃない」
「そうですね……」
 祭りの時に出てくるとなると被害が甚大になる恐れがある。それに、目撃者は少ない方がいい。こちらとしては祭りより前に祓いたい。
「なら祭りを中止させます?」
 長久保の提案に、五条は首を振った。
「いや。一度生まれた呪霊はそんなことじゃ消えない」
 もう二人死んでいるということは、既に呪霊は生まれているのだ。
「呪霊の出現する条件を調べるしかないか……」
「もう二人死んでるんだから、何かあるはずだけど」
「そっちはなんかわかったことある?」
 五条に話を振られた長久保が手帳をめくる。
「特にめぼしい情報は……」
「山で襲われたんだろ? あの社を参拝するのはトリガーじゃないのか」
「それだけだと、この地域の人間ほとんどが当てはまってしまうよ」
「他に何かあるんですね」
 確認するように尋ねる長久保に、夏油は頷いた。
「兄妹は何で山に入ったかわかります?」
「参拝じゃないんですか?」
「被害者の家族へは何か聞けたのか」
「それが全然」
 長久保が暗い顔で言った。
「みなさん、事故でしょうと。祭りの話を聞いてもあまり詳しく教えてくれなかったんです」
「よそ者だから?」
「かもしれません」
「それは困ったな」
 被害者が出ているのに、周辺の人間が非協力的なことはままある。そもそも呪霊も見えない人間に、呪霊の仕業だと納得させるのは難しい。
 面倒くさくなったのか、五条がごろりと畳に寝っ転がった。
「そういえばさあ、山を降りた時、なんか変な感じがした」
 夏油は五条を見た。五条はサングラスを外して目を閉じている。表情は窺(うかが)えない。
「どんな?」
「見られているみたいな」
「今も?」
「今は全然」
 五条が目を開けた。青い瞳が天井を見上げる。
 夏油も周囲の気配を探ったが、不審な気配は感じない。だが、五条が言うなら、それは勘違いではない。たぐいまれな特別製の瞳を持った五条に見えないものはない――そう言い切ってしまえるほど、六眼は何でも見通すのだ。
「呪霊かな」
「わかんない。呪霊とちょっと違う気がするんだけど。……いや、やっぱり呪霊かも」
 曖昧なことを言って、再び五条は目を閉じた。
「そう言われるとお手上げだな」
 いきなり行き詰まってしまい、夏油はため息をついた。
「とりあえず、時間帯から試そうか」
 腕時計を確認すると、そろそろ夕食時だった。
「夕食後に神社へもう一回行こう」
 むくりと五条が身体を起こした。サングラスをかける。
「ところで夕飯って何?」
「この地方で採れた山の幸です」
「俺、山菜あんまり好きじゃない」
「こんなところで我が儘言うなよ」
 あまりにもいつも通りの態度に、思わず夏油は苦笑した。

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