ひとつ、親友に嘘をついたことがある。
 きっと、初めての嘘だった。

「遺書はこれで全部?」
「そう」
「結構書いたな」
「そりゃあ、学期ごとに更新してるんだからね。一年で三枚だから、これが七枚目か」
「次は夏休み明けか。もうネタも尽きたんだけど」
「ネタって……悟、あれ全部ネタだったの?」
「そうだけど? まあ捨てたけどな。傑は取っておいてそう」
「……いや、私も捨てたよ」
「傑もじゃん。ていうか気が変わったの? 前は保存してるって言ってなかった?」
「古い遺書が残っているのが嫌になったんだよ」
「ふうん。……そもそも遺書なんか要らないっての。読ませたい人間なんかいないし」
「私には読ませてくれないんだ?」
「全部見せてるじゃん」
「それはそうだけど」
「それに俺、最強なんだから、俺の遺書を読む奴なんかいないでしょ」
 自信満々に、未来を一切疑わずに、何の衒(てら)いもなく、五条はそう言い放った。
 実力に裏打ちされたその傲慢さは、嫌いではなかった。
「――そうだね」
 嫌いではなかったが、その刃がざっくりと切りつけてくる痛みを無視することもできなかった。
 かつてその刃を向けられるのは、相手の方だった。
 今や夏油でさえ、その刃に刺される地位にまで墜ちてしまった。
 夏油が隣に立てないのなら、一体誰が五条の隣に立てるのだろう。
 あの五条悟に並び立てることへ仄かな優越感を抱いていたのを、自覚した。――何だ、オマエだってそうなんだろう。耳元でせせら笑う声が聞こえる。オマエだって、五条悟を五条悟として見てやらなかったんだ。
 一人で立てることを見せつけられて、心が平穏でいられない。――あいつの手を引いてやっているつもりでいたのは、オマエの思い込みだよ。あいつはオマエなんか必要としていない。
 二人でどこまでも飛んでゆけると思っていた。羽をむしられて一緒に飛べなくなった。――羽なんて、最初から生えてなかったんだよ。
「――じゃあ、次の遺書も見せてよ」
「当たり前でしょ」
 五条は無邪気に笑った。何も知らない顔で、何も変わらないと信じたままの幼げな信頼で。
 胸の内を吹きすさぶ木枯らしが、ひっそりと、静かに、心を凍てつかせている。それに反して、足下で燃える火にちりちりと末端を炙られている。
 永遠に続くかと思われた夏が終わる。

 私たちは最強だった。
 今や、彼だけが最強だった。

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