お父さん、お母さん。私を恨んで構いません。

「傑、最近どうしたんだ?」
「何が?」
「遺書見せてくれないじゃん」
「ああ……面白いことが書けなくて」
「何、スランプ?」
「遺書にスランプも何もないでしょ」
「硝子だって真面目に書いてないじゃん」
「私はちゃんと書いてるよ」
「あれでちゃんとって」
「五条には言われたくない」

               *

 呪霊は夜が更けるまで逃げ回るつもりなのだろう。ここの呪霊は夜の方が有利に働く。
 真っ先に向かった三藤家は無人だった。通夜でもしているのだろうか。それか、この家の人間は残らず殺されてしまったのかもしれない。
 呪霊の残穢は鎮守の森を抜けてから途切れている。まるで、そこで忽然と消えたように。
 まるで、どこかに仕舞われてしまったように。
 まるで、誰かに使役されているように。
「あいつ――まさか」
 五年前、呪霊が消え去る瞬間を五条は目にしていない。あの時、夏油は呪霊をどうしたのだったか。
 忘れていた。正確に言えば、気に留めなかった。
 ――右目が燃えている。
 するすると紐がほどけるように、過去を鮮明に思い出す。眼前に見せられている過去の幻影と重ねるように、この目で見た光景を思い起こす。以前、奥田から聞いた話を思い出す。五年前、束の間とはいえ、この六眼(め)を機能不全に追いやったのは何だったのか。

「化け物の姿? あら、看板に書いてなかったかしら……蛇よ。たくさんの蛇。頭に角が生えていてね。川に住んでいて、ここに田んぼを作りたいなら生贄を捧げろと言ったから、〝お社様〟に退治されたの」

 五年前と同じ事件。――同じ呪霊が関与している可能性。
 呪霊の正体。――この地に根付く伝承。
〝お社様〟の正体。――この地に封じられた荒神、仮想怨霊。
 五年前の被害者。――三藤早苗の伯父と叔母。
 今回の被害者。――三藤早苗の両親。
 夏油傑の残穢。――夏油はつい最近、ここに来た。
 神社の残穢。――夏油は神社で何をしていた?
 残穢は術式の名残。――夏油はここで術式を使った。
 夏油傑の術式は何だ? ――呪霊操術。呪霊を調伏し、己の中に取り込んで使役する。
 呪霊とは何だ? ――生きている人間の負の感情の集積。ごく稀に、人は死後呪いへ転じることがある。
 怨霊とは何だ? ――呪いを抱えて死した人間のなれの果て。あるいは、生者にひどく執着された死者のなれの果て。
 呪いとは何だ? ――負の感情。醜い執着。
 三藤早苗の目撃証言。――三藤早苗はいない。だからそれは別の何かだ。
 何故なら、三藤早苗は五年前に死亡しているからだ。

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