さようなら、私の最高の親友。
私を殺せるのはきっと、あなたしかいないでしょう。
さようなら、私の最後の親友。
どんな結末を迎えたとしても、私にとってあなたはたった一人の親友でした。
さようなら、私のたった一人の親友。
二度と会うことはありませんように。

               *

「夏油様、何書いてるの?」
「手紙だよ」
 中を読まれないよう、さりげなく手紙を片づける。膝によじ登ろうとする子どもの脇の下に手を入れ、抱き上げた。そのまま膝の上に座らせる。
 子どもは嬉しそうに頬を赤く上気させ、ぎゅっと抱きついてくる。その体温を感じながら頭を撫でる。子どもはくすぐったそうに笑った。
「昔、たくさん書かされたからね。今でもたまに書きたくなってしまうんだ」
 この身に染みついたように、見せることのない遺書を書いた。遺書とは手紙なのだと、先生が言っていたのを思い出した。
 ――送ることのないこれを、手紙と呼んでいいのだろうか。
「誰に送るの?」
 あどけない声で尋ね、もう一人の子どもが袈裟の裾を引っ張る。交代とばかりに膝の上の子どもを降ろし、もう一人を抱き上げる。降ろされた方が不満げに頬を膨らませた。順番だよ、となだめれば、代わりと言わんばかりに膝に顔を埋めてくる。そのくせ、ちらりと上目遣いにこちらの反応を窺う。何をしても捨てられないか試しているように。
 ――そんなことをせずとも、捨てるつもりなんてこれっぽっちもないのに。
 子どもの頭を撫でて、髪を梳く。女の子の髪を結うのにも慣れた。一緒に暮らし始めてしばらく経つのに、子どもたちは時折、幼子に返ったような振る舞いをする。甘える相手がいなかったのを埋め合わせているのかもしれない。父にも兄にもなれない相手に。
「遠くにいる人だよ」
「遠く? 会えないの?」
「そう、遠すぎて会えないんだ」
「さびしい?」
「そうだね。寂しいね」
 小さな手のひらが、一生懸命に頭を撫でようとする。しかし背丈が足りないせいで手が届かない。微笑みながら頭を下げてやれば、嬉しそうにこちらの頭を撫でる。男にしては長く伸ばした髪をぐしゃぐしゃにされると、かすかに胸の内が温かくなり――すぐに冷める。
 もう長いこと、足下から燃え上がった炎に包まれているというのに、ちっとも温まらない。穴の空いたがらんどうの胸の内を木枯らしが吹きすさぶばかりだ。熱のない炎に炙られて、身体は焦げる一方だった。重い足を泥から引き抜き、追い立てられるように走り出せば、空いた穴からいろんなものがこぼれ落ちてゆく。もう立ち止まれない。
 おびただしい血に塗れ、幾多の屍を背負った夏油傑は、立ち止まってはいけない。この道の行き着く果てまで。
「そんなに遠いの?」
「この世でいちばん遠いんだ」
 だから、この遺書(てがみ)は処分しなければならない。ふとした瞬間に泡のように浮かび上がる、かつての夏油傑を葬るために。
「遠くて、もう届かないんだ」
 薄く刷いたように帯びる寂寥の色を、子どもたちはまだ知らない。知らないまま大人になってほしいと願いながら、小さな嘘をつく。
「だから、これで終わりだよ」
 ――見せるつもりのない手紙(いしょ)をいつかまた書いてしまうだろうことを、よく知っていた。

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