「恵は山羊座だから、えっと……夢見がちな性格ですが、その一方で堅実で計画的な行動が得意です。――だって。恵、夢見がちなんだー」
 友達から借りた星座占いの本を読みながら、津美紀が言った。本から目を上げて、ちらりと料理をしている恵を見る。
 狭い台所だ。一人暮らし向け物件に毛が生えた程度の広さで、人間が二人立つので精一杯の広さだが、冷蔵庫を開けると一人しか立てない。よって、料理は一人でするものと決まっている。
「頑固者、大胆な行動力はあるけど、挫折しやすい……だって」
 慣れた手つきで野菜を切っていた恵は顔をしかめた。余計なお世話だ。
 星占いは最近、恵の周囲でも流行っている。何が楽しいのかさっぱりわからない。まったく、女子というものは、総じて占いなるものが好きな生き物なのだ。
「堅実で計画的……まあ、当たってるよね。恵、宿題忘れたことないし。いつもちゃんと提出してるし」
「津美紀じゃあるまいし」
 目分量で適当に鍋に水を入れ、火に掛ける。料理にそれほど強いこだわりもないから、火が通っていれば食える。それはこんな生活を共にしている津美紀も同じだ。手の込んだ家庭料理を食べた記憶がないから、作りたいとも思わない。それはテレビの中や、ここからずいぶん歩いたところの一軒家が建ち並ぶ区画にあるものだ。
「小三の時だっけ? 冬休みの宿題忘れたの」
「た、たまたまよ! 一回だけだったでしょ! それに、それは宿題を家に忘れていっただけだよ!」
「泣きながら俺の教室に来たくせに?」
「いつの話してるの! 忘れてよ!」
 恵はうっすら笑った。それを見た津美紀が怒る。
 ――忘れもしない。宿題を家に忘れて、恵のところへ来たって何の意味もないのに、気が動転して〝家族〟の元へ来た。一歳年上の〝姉〟とかいうポジションに収まっている津美紀も、ただの子どもだった。家に忘れた宿題を届けに来てくれる〝お母さん〟はいなかった。
 水が沸騰したので、切った野菜をぼちゃぼちゃと投入する。セールで買った豚肉は後だ。加熱しすぎると固くなる。何度か失敗して学習した。
「挫折しやすい、な」
「挫折っていうほどのこと、ある?」
「さあな。そういうのは後になってからわかるもんだろ」
「大人ぶっちゃって」
「悪いかよ」
「そんなこと言ってないでしょ」
 津美紀が頬杖をついて本をぱらぱらめくった。
「当たってる、って言えるなら占いなんかいらないだろう。自分でわかってるんだから」
「そういうことじゃないの!」
「じゃあ何なんだよ」
 恵にはわからない趣味だ。占いなんて、信じる方がどうかしている。
「自分の知らない自分がいるかもしれないでしょ」
 それが当たっているのか、外れているのか、判断するのは自分なのに。都合のいい解釈だけを選んで読んで、一体何が楽しいのか。
「で、津美紀は?」
「え?」
「津美紀は何座なんだ?」
 適当に味噌を容器からスプーンで掬いながら、恵は言った。この家に味噌こし器などない。スプーンから直接、味噌を溶き入れる。恵も津美紀も一通り料理はできるが、出汁なんて取ったことがない。そういう生活なのだ。
「私は別にいいでしょ!」
「ずるいぞ」
 もう、と津美紀が頬を膨らませて本を閉じた。恥ずかしがっているのか、教えてはくれないらしい。
 恵も本気で訊いたわけではない。
「夢見がち、ね」
 少しだけ、そこが引っかかった。
 夢を見た覚えはない。呪術師として既に収入はあるが、津美紀には黙っているから質素な生活を続けている。将来はずいぶん前に決まったようなものだ。それこそ、将来の夢なんてものを夢見る暇もなく。
 夢を見るなら、どんな夢がいいだろう。味噌のいい匂いを嗅ぎながら、恵は考える。
 ――例えば、津美紀が高校に上がって、卒業して、大学に入って。そういう将来だろうか。
 まだ中学生の恵には想像がつかない。既にその手の日常と無縁になりつつある恵には。
 ――もしくは、出て行った親がある日、突然帰ってきたりして。
 いや、それだけはありえない。恵はすぐに否定する。とりあえず、津美紀が無事ならば、それでいいのだ。津美紀さえ無事に平穏に生きているのなら、恵の望みは果たされる。
 炊飯器からご飯をよそった津美紀が茶碗をテーブルまで運ぶ。その隣に恵が豚汁を並べる。
 簡素な食事だ。何でもかんでも汁物にしてしまうのは、それが手っ取り早くて失敗が少ないからだ。小学生のうちから料理をする必要に迫られ、きちんと学校に通うためにも時間を節約しようとすると、こうなるしかなかった。凝った食事を作る気力はない。呪術師として五条の下で修行し、働き始めたらなおさらだった。
 だが、これが間違いなく、恵のしあわせの形だった。たとえそれしか知らないのだとしても。

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