「この服は捨てて、これは――どうしよ。悩む」
「えー、そっちはもうダサいよ。捨てようよ」
「そうかな。これ結構気に入ってるんだけど」
「いや無理。もうその流行は終わった」
「まだいけるって!」
 二人分の声が言い合うのを聞きながら、夏油は半端に開いているドアをノックした。二人が何をしているかは廊下から見えるが、一応の礼儀だ。
「あ、夏油様!」
 二人が揃って振り向いた。ウォークインクローゼットのドアは開かれ、中途半端に吊された服が見えている。床には更に多くの服が散乱している。季節感もなく、冬物と夏物が混じり合っている。クリーニングから戻ってきたばかりの、ビニールがかけられた薄手のコートは椅子の背もたれにかけられている。
「美々子、奈々子、衣替えと片付けは終わりそう?」
「えっと……」
「まだ、です……」
 少女たちは決まり悪そうに目を逸らした。進捗はあまり芳しくないようだ。
 喉の奥で夏油は笑った。少女たちは髪型も服装も正反対だが、仕草がそっくりだ。そういうところは双子らしい。
「目標は?」
「今日中、です」
「そうか。じゃあ頑張ってね」
「はーい」
 二人は衣替えの季節に合わせて着なくなった服を処分していたのだ。衣替えという概念を教えたのは夏油だ。いっぱしの親気取りか?――と昏い声が囁くのを、頭を振って追い払う。
「服はクローゼットに入るまで。ハンガーは買わない。いいね」
「はーい」
「いい返事だね」
 服を買い与える金がないわけではない。しまうスペースだってどうにかできる。だが、それでは教育上よろしくないから、こうして自分たちで捨てるものを選ばせている。子どもどころか結婚すら経験はないが、案外、育児が板に付いてきたように思う。
 散らばる服を踏まないようにそっと足を進め、そして夏油は瞬いた。
「おや、この服は……」
「あっ、それは」
 美々子が恥ずかしそうにその服を掴んだ。
「もう着られないサイズだろう」
「でも、これ、夏油様に最初の誕生日に買ってもらったから……」
 小さな子ども向けの服を抱きしめて、美々子は唇を噛んでうつむいた。もう一着、色違いの服を奈々子が手にしている。
 到底、彼女たちには着られない大きさの子供服だ。思春期に突入した彼女たちには、こんな子どもっぽいデザインの服は似合わない。取っておいても仕方がない。流行以前に少女の着るものではないからだ。
「そうか、背も伸びたね」
 それほど昔のことではないのに、もう着られない。その事実に感慨深くなる。子どもが大きくなるのは早い。監禁されていた子どもを二人拾って育てて、子どもは順調に少女へ成長している。
 ――もう、何年も経つのだ。
 数えるまでもない。少女たちと過ごした年月は、親友と過ごしたそれよりも長いことをまざまざと思い知らされる。
 その事実に打ちのめされることはなかった。
「これ、取っておきたいんです。その代わりに他の服を捨てるから、いいですよね」
 夏油様、と少女が必死に言いつのる。
 少しだけ、泣きたいような気持ちになった。
 涙は出ない。思い出だって、細かい部分は思い起こせなくなっている。三年にも満たない短さで、鮮烈に焼きついた記憶も時が経てば端から消えてゆく。狂おしいほどの熱量でもって焼きごてを押しつけられたように心に刻まれたはずの何かも、時間の経過には逆らえない。何もかも焼き尽くす熱量も、いつかは冷めてしまうのだ。
「決めたなら、好きにしなさい」
 だからこれは、残り火がくすぶっているだけだ。――跡形もなく、焼き尽くしてしまったから。燃やすものがないから、後は鎮火を待つだけだ。馬鹿馬鹿しいほどの熱量は、高専を出た時から薄れていく一方だ。激情はない。諦観に似たそれが、熱を冷ましてゆくだけだ。
「いいんですか!」
「二人が決めたことにとやかく言うつもりはないよ」
 ほっとしたように笑う少女に重なるように、ただ馬鹿みたいに笑っていた親友の顔が瞼の裏で閃いた。

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