にじんだ街灯の光が虹色の光輪を描いている。ふらついた足元でたどる夜道は、いつもよりもふわふわと不確かで、不思議と心地よい。
 誰かの家の軒先で、しまい忘れた風鈴が鳴った。風鈴の透き通ったガラスが光を反射している。見た目はガラスが涼しげだが、音だったら、金属特有の、高く澄んだ音がいい。今度、ふたつとも買って軒下につるそうか。
 酒を飲んだせいか、詮のないことを考える。風鈴を買ったとて、もう夏が終わるから来年になるだろうに。来年、まだ森島邦雄としてここにいるか――。この道のように、自分の未来は先が見えない。
 仮住まいの下宿先にたどり着いて、自室に入る。電気をつけると、きれいに整理された学生らしい部屋が目に映る。かろうじて帽子だけ脱いでそのまま畳に転がる。何もしたくない。少し熱っぽい気がする。ああ、酒を飲み過ぎた。


 眩しくて目が覚めた。畳の硬い感触が後頭部にある。鼻の上に重みを感じる。眼鏡をかけたまま眠ってしまったらしい。不用意に目を開けたせいで、瞬時に鋭い痛みが走って、うっと呻いて目を閉じた。電灯の明かりがきりきりと細い棒を眼球にねじ込んでくるみたいだ。瞼の裏に焼き付いた光がちかちかと瞬く。
 ほんの少しの間、微睡んでいただけのようだ。
 ごろりと寝返りを打って、頬を畳につける。視線の先に、鮮やかな黄色い檸檬が転がっている。先日もらったのだったか。どうして檸檬なんかをひとつもらったのか、酒気を帯びた頭では思い出せない。檸檬の紡錘形を眺める。手榴弾に似ているような気がしないでもない。今これが爆発したならば、森島邦雄は死ぬだろうか。
 起き上がるのも億劫で、精一杯手を伸ばして檸檬を手に取る。しげしげと眺めて、つやのある黄色い果皮のでこぼこを指でなぞる。額に押し当てると、ひんやりと冷たくて気持ちがいい。かぐわしい柑橘の匂いが鼻腔を満たす。くすんだ色彩の中で、檸檬だけが鮮やかだ。
 紡錘形の先をつまんで、ピンを抜く動作をして、そして黄色い爆弾を投げる。
 こん、と壁に当たって檸檬型の爆弾はころりと畳に落ちた。いつまで経っても爆発する気配もない。きっと不発弾だったのだ。
 なんだかおかしくなって、けたけたとひとりで気が狂ったように笑った。今あれがすべてを吹き飛ばしたら、どんなにおもしろいだろう。
 ――ああ、酒を飲み過ぎたのだ。

inserted by FC2 system