「今日は珍しい客が来たものだね」
 目の前に座る若い女が、強い意志を宿した瞳を真っ直ぐ私に向けた。赤毛、碧眼、東洋人にはありえない白い肌、そして彫りの深い顔立ち。
 紅茶と菓子を用意し、私は椅子に座り直した。


「初めまして、ミスター。わたしはエマ・グレーンです」
 玄関のドアを開けると立っていた彼女は、流れるようなクイーンズ・イングリッシュで挨拶し、続いて流暢な日本語に切り替えた。
「わたしのことはご存じでしょう、どうしてここへ来たのかも」
 確かに、私には心当たりがあった。鷹揚に頷いて見せ、私は彼女を家に招き入れた。
「さて、要件は何かな」
 彼女は紅茶を一口飲み、カップをソーサーに戻した。
「――父の話を、聞かせてくださいませんか。あなたと父の話を」
 ミスター・ユウキ。
 彼女の呼んだ名に、私は微笑んだ。懐かしい名だ。もうその名で呼ぶ者はいない。
「そこまで突き止めたのなら、いいだろう。長い話になるがね」
「ええ、構いません」
 彼女は少し、ほっとしたようだ。私に断られると予想していたかもしれない。しかし、はるばる海を渡ってきた彼女を無下にはできない。
 残されたのは、私と彼女だけなのだ。他は皆いなくなった。彼女が終わりで、私が始まり。歴史の狭間に消える定めの彼らを知るのは、私と彼女だけになった。
 さて、どこから話し始めたものか。年寄りは総じて話が長いものだ。彼女を退屈させないようにしなければ。
「そうだね、まず、すべての始まりから話そうか」
 私が〝私たち〟だった頃の話を。

inserted by FC2 system