どうせ、短い付き合いだ。
 青年は薄く笑みを口元に刷いた。
 少女は頬を上気させながらも、恥じらうように視線を落とした。期待を隠したいと思いながらも、抑えきれない喜びが振る舞いの端々ににじみ出ている。
 つまらないものだ。こんなにもたやすく許そうとは。仮にも良家の子女ともあろう者が、同じ社会階級に属し、顔が良いだけの男に騙されようとしている。
 ――否、騙しているわけではない。彼は思い直した。付き合っている間は、きっちり夢を見させてやるつもりだ。単なる暇つぶしにすぎないとしても、その間だけは誠実に振る舞ってやろう。
 一夜限りの関係を持つことも、彼の容姿をもってすればたやすいことだった。
 しかし、飽きてしまったのだ。つまらない、息の詰まるような家から逃れて女の柔らかい腕に抱かれているのは悪くはなかった。だが、それもまた、彼には何の意味もないことだった。
 何回か繰り返した末、彼はそう判断した。女もまた、彼を満たすものではなかった。
 所在なさげに髪を触る少女を見下ろす。とびっきりの美人でなくとも、家柄の為せる技か、なかなか上品そうな可愛らしい顔立ちだ。
 恋愛ははしたない真似だと教わらなかったのだろうか。それとも、背徳感さえ刺激となっているのか。窮屈な家を離れて、束の間でいいから自由を謳歌したい――案外、彼女も似たようなものかもしれない。
 飽き飽きしているのはお互い様か。ならば、なおのこと夢を見よう。この退屈な日常に少しでも気晴らしをしたい。
 しかしながら、注意はしなければならない。今までの女と違い、少女はそれなりの家柄の娘だ。下手を打てば、本当に結婚させられる可能性もある。
 狭い社交界では噂話など一気に広まってしまう。ただの遊びに彼女がのめり込んでしまわないように、引き際はわきまえなければ。
 ――いや、いっそ派手な噂を流されるのも悪くないかもしれない。
 やや自暴自棄にそう考える。どうせ、兄の予備でしかない存在なのだ。家の存続にも興味が湧かない。家名が地に落ちる行為をしたところで、勘当されるくらいだ。失うものもない。
 もともと何も持っていないのだ。どうなろうが構わない。
 激怒する父の姿を想像すると、楽しくなってきた。
 そう、人生は楽しくなければ。
 まずは、この少女と。その次は――義姉がいい。最も父と兄に打撃を与えられる。あれを自分のものにできたらと思うと、ほの暗い愉悦が湧き上がる。
 ろくでもない人間だ。その自覚はある。自覚があるだけで、行動を正すつもりは全くないが。
 今は、この少女と夢を見よう。彼女にとっては、やがて悪夢となる夢を。
 笑みに混じる感情に、少女は気づかない。
 初恋に胸を高鳴らせる少女の瞳に写る自分は、微笑みの中にわずかな陰りを――ずいぶんと見慣れた鬱屈と退屈さをのぞかせていた。

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