「貴様も、ろくな死に方をしないだろう……」
「百も承知だ」
 今回は銃は使わない。あれは場に痕跡を残しすぎる。同様に、刃物の類いも避けたほうがいい。暗器がいちばんだ。それも、持っているのが不自然でない代物に仕込んだ奴が。例えば、万年筆なんかが最適だ。
 今まさに使用した万年筆をしまい込み、軽く身なりを整える。何てことない様子を装って、細い路地から大通りへ。
 ――その暗がりに、ひとりの死体を残して。
 首尾は上々だ。標的は、突然の心臓発作を起こした病死として扱われるだろう。
 あっけないものだ。一瞬で終わる。終わらせなければならない。
 公園のベンチに座った。コートのポケットから新聞を取り出し、一面を読む。誇張して掻き立てられる戦況に、少し苦笑した。
 音もなく背後に男が座った。
「報告を」
 相手が言った。潜めた声は、他の誰の耳にも届かない。
「何の問題もありません」
「そうか」
 背後の男は立ち上がった。視線が背中を撫でる。
「次は追って知らせる。しばらく待機していろ」
「はい」
 男が立ち去るのを待ち、顔を上げる。
 いい日差しだ。
 しばらく新聞を読みふけり、頃合いを見て立ち上がった。しばらくは束の間の自由を謳歌しよう。
 ――次は誰だろうか。詮のないことを考える。
 国を守るために邪魔な人間を消していく、単純な任務。そのためには、標的の死をも厭わない。これが正しいのだと信じている。
 危険な任務だ。己の愛する国のためとはいえ、正体が露見したら待っているのは死だ。対象の死を見届けることが任務の条件であり、その場を見とがめられたら潔く自決する。国のために死んだとて、祀られることもないだろう。
 そういうものだ。
 殺したあの男は、敬虔なカトリック信者として振る舞っていた。陰では機密情報を祖国へ流していた。それを、機関が追跡して始末した。
 あの男だって罪深い。直接人を殺したわけではないにしろ、隣人への愛にあふれた行為とは到底言えない。彼の言葉を借りるなら、煉獄行きだろう。
 己の失敗を悟った男に投げつけられた言葉を反芻する。ろくな死に方をしないのはお互い様だ。
 いや、自分は煉獄では不十分だ。地獄こそがふさわしい。それが誇らしくさえある。
 誰にも褒められない行為だ。自分を見いだした上官にさえ、表だって評価されることはない。むしろ、育った環境下では、自分の担う役割は卑怯だと嫌われている。しかし、これこそが必要なのだ。
 自分が一番乗りか、それとも仲間の誰かが先に待っているか。
 死してたどり着く先が靖国ではないだろうことに、一瞬だけ瞼を伏せた。

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