五条悟が死んだら、棺にはポップコーンの種を入れてください。

「何それ」
「棺を焼くとポップコーンができるんだぜ。面白いだろ」
「炭になるだけじゃない?」
「……」
「あ、これは忘れてた顔だな」
「目が泳いでるよ五条」
「そうだ、葬式のBGMは――」
「強引に話題を逸らそうとしているね」
「そうだね、恥ずかしいのをごまかそうとしているね」
「う、うるさい! どうせ何言ったって俺の死体なんか燃やしてもらえないんだからいいだろ!」
「……それ、ほんと?」
「知らね。あいつらのことだから、俺の身体を呪具の素材にでもしそうだし」
「死体は燃やせって、この前遺書に書いてたじゃん」
「んー、でも俺死んでるわけでしょ? 死んだ奴の意思を尊重してくれるとは思えないんだよね」
「呪ってやるって書いたのに?」
「俺が呪いになるわけないでしょ」
「遺書の意味がないな」
「だから、こんなのに意味なんかないんだって」
「五条のパーツ、呪具になるかなあ。髪とかいける?」
「眼は外せないでしょ」
「うわキモ」
「そうだよ、キモい連中なんだよ」
「あー、でもわかるな。五条の眼、ホルマリン漬けにしたら映えそう」
「何にだよ。恐いんだけど」
「じゃあ、悟が死んだら、私が責任を持って荼毘に付してあげるよ」
「傑、俺より長生きする気?」
「どうだろうね」
「大丈夫だって、俺、死なないから」
「そう軽々しく口にするもんじゃないよ」
「とか言って、傑だって別に死ぬ気なんかないだろ」
「まあ、そうだけど」
「俺たち最強だからな!」
「――ほんと、オマエらって馬鹿だよね」

               *

 見知った呪力(いろ)は、すぐにかき消えた。
 今朝の被害者の情報を後で持ってくるように言い含め、五条は宿へ戻った。
 心臓がまだ跳ねている気がする。それともこれは錯覚だろうか。まだ、自分に人間らしい反応ができるという。
 ――あれは、夏油の残穢だった。
 つい先ほどまでそこにいたような、濃厚な気配だった。まるで、その手が触れた痕(あと)を見たようだった。
 四年前、決定的に決別した、親友の痕跡。呪術師から呪詛師に身を堕とした、親友の残穢。
 袂を分かってから早四年。新興宗教の教祖に収まった夏油は、影ながらいくつか事件を引き起こしている。それを高専側が追いかけては取り逃がすといういたちごっこが続いている。この四年間で、五条が夏油の残穢を目にしたのは初めてではない。だが、彼が新宿の雑踏へ消えてから、これほど近くで目にしたことはなかった。
「まさか、こんなところで見るなんてね」
 宿としてあてがわれた部屋で独りごちる。
 ――まさか、ここに夏油が来ているのだろうか。であれば、何のために?
 まるで過去の再演のような事件。それと夏油が何か関係しているのだろうか。
「あの、すみません。五条さんはいらっしゃる?」
 障子越しに控えめに声をかけられ、思考が中断する。
「はい、いますけど」
 障子を開けると、灰色の髪をした小柄な女性が立っている。年の頃は六〇代半ばだろうか。過疎化が進むここでは、まだ年寄りとは呼べないかもしれない。
「何か用?」
「あの……」
 女性はさっと周囲に目を走らせた。
「何か話しにくいことが?」
 五条を見上げ、女性は頷いた。銀髪やサングラスにも怯んだ様子はない。
「実は、その……今朝の件について話があって」
 両手を固く握りしめ、女性はおそるおそる言った。
「そういうことなら」
 五条は彼女を部屋に招き入れた。
「五条さん、五年前にもここにいらっしゃいましたよね」
「そうですけど」
「よく覚えていますよ。私のこと、覚えていないかもしれないけれど」
 五条は振り向いて彼女を見下ろした。あの頃より更にいくらか背を伸ばした五条の肩にも届かない。その顔を眺めて、記憶を探る。
「ああ――奥田さん、でしたよね」
「覚えてくれてたの? 嬉しいわ」
 五条の向かいに座った奥田は顔をほころばせた。いくらか皺は増えたが、ほとんど雰囲気は変わらない。この集落ではほとんど唯一、五条と夏油に協力的な住民だった。
「実はね。今朝、見たの」
 奥田は声を潜めた。
「今朝と言うと、新しい被害者の方の」
「そう。もうお聞きになった?」
「ちょっと聞きましたけど、現場にはまだ行っていなくて」
 補助監督のまとめた資料では、被害者の状況は高専への報告と同様だった。死体の損壊具合から見て、一連の事件は同じ呪霊の仕業だろう。五年前と似ているが、ただ似ているだけでは決定打に欠ける。
「被害者は夫婦でしたっけ」
「そう。五条さんもご存じでしょう」
「ええ、まあ」
 あの呪霊は、五条と夏油が祓った。この短期間で同じだけの強さに成長するとは考えにくい。なにせあの呪霊は――。
「自分でもおかしいと思うんだけどね――早苗ちゃんがいたの」
 さすがにその名には、五条も一瞬沈黙した。

 夜、一人で神社に向かった。
 月よりも星の方が明るい夜だった。ぽつぽつとまばらな街灯だけでは闇は払えず、住民は出歩かない。収穫の終わった田んぼからは水が抜かれている。常人には見えないだろう光景も、五条には昼間と変わらず見える。この六眼(め)には、月明かりも星明かりも不要だ。
 山の中の参道を登り、川の側を通り抜け、古びた拝殿の前に立つ。
 四年も経てば、さすがに当時の残穢も散逸する。かつてそこで争った跡は跡形もなく消え失せていた。念のために社の周囲を歩き回る。鬱蒼と茂った森の中から獣の気配がする。虫の鳴き声がうるさいほどだ。
 五条は拝殿に昇った。咎める人間がいないのをいいことに、本殿まで入り込む。閉ざされた扉に手を掛けた。この奥にご神体が収められている。ここのご神体は剣だったはずだ。化け物を退治する際に用いた神剣がご神体として祀られている。五年前、確かにこの眼で見た。
 扉を開ける。
 一瞬、火で炙られたように、右目が熱くなった。
「――ッ」
 動揺は一瞬だった。
 久方ぶりの痛みにも苦鳴など漏らさない。とはいえ、この身体に痛みを与えることができるものがまだあることに驚いた。
「これは……呪霊、じゃないな」
 目を眇める。
 暗闇の向こう、ご神体の収められているべき場所は、ぽっかりと空いていた。

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